残された時間。

もう読んでくれている人もいないかもしれないけれど、どこかに言葉を吐きださないと押しつぶされそうなので書かせてもらうことにします。
先週、僕は入院しておりました。急性胆嚢炎。腹部激痛で夜間救急にかかりそのまま入院でした。いったん家に帰らせてもらうことも叶わず、あれやこれや気がかりのままの入院。
無事、退院することはできたけれど、完治しての退院ではなく、再発の可能性大のままでの退院です。できうることなら胆嚢の切除が望ましいのだそうです。本当は入院期間を延長して切除も…と考えたんだけれど、マックのことを考えるとそれは無理でした。入院前、歩くこともままならないほどに弱っていたからです。

そのマックは、昨日までは何とかヨタヨタと歩いてトイレシートの上で用を足していたんだけれど、今日になったらもう起き上がることもできず、横になったまま垂れ流し状態です。体の下にシートを敷いて(かなりの大きなサイズのシートです)、用を足した後は濡れタオルで体を拭いてあげて。そして多分だけれど、マックは今、目が見えていないようです。目の前で指を動かしても、指を近づけても一切の反応を示しません。

去年の1月、余命1ヶ月宣告を受けてからの日々、長いようで短かった。あれから20歳の誕生日を迎え、そして先月には21歳の誕生日まで祝うことができました。きっと、マックを失うことへの心の準備期間を神様が与えてくれたかのよう……
できることはやってきました。それでもマックを今にも失うのでは,と言う恐怖はものすごくでかいものがあります。
僕は今日、マックの隣にずっと横になって、21年間の思い出話をしていました。声に出して。マックに聞こえるように。出会ったときのこと、一緒に旅行に行ったこと、僕の愛情を独り占めできなくなって部屋中に粗相をやらかすようになった頃のこと、品川の一戸建ての家に暮らしていた頃のこと、そんな一つ一つを話ながら、僕はボロボロ泣きながら話すんだけれど、マックはまん丸の目を大きく見開いたままずっと僕の方を見つめているんです。何かが伝わってくれただろうか。何度も何度も言った『ありがとう』がマックに聞こえただろうか。

楽しかった。
本当にこの21年、楽しかった。
マックに出逢わなければトットワールドも存在しなかった。
苦労もいっぱいあったけれど、悲しみにもいっぱいうちひしがれたけれど、僕は今、マックに出会ったことに本当に感謝しています。
あと、どのくらいの時間がマックに残されているのかわかりません。もしかしたら僕が仕事中に旅立ってしまうかもしれない。それでもここがマックの家です。マックの居場所です。だから、僕は入院させることもなく、この家で命を全うさせてあげたいと、そう考えています。自分勝手かもしれないけれど、僕はそう決めました。

トットワールド、一時は10ニャンもいたのに今は6ニャンです。トラマルとシロンパくんも随分と弱ってきました。シロンパくんは健康診断では大きな異常は見つからないんだけれど、体重がピーク時の半分近くにまで減りました。16歳、そろそろいろんなガタがくるころだものね。ペコと小春の兄妹は元気です。サンタも元気です。それでも、僕は今にも押しつぶされそうで、どうにもならない心模様の中にいます。

できうることならナナちゃんのときのように僕の腕の中でマックを旅立たせてあげたい。その希望が叶うかどうかはわからないけれど、マックがこの家にきてよかった、そう思ってくれるように、僕に出会ったことをよかったと思ってもらえるように、精一杯、ありがとうを言い続けようと思っています。